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井戸神社の創建

井戸神社は、井戸平左衛門公をお祀りする神社です。明治12年に創建され大正5年に現在の地に移され再建されました。鳥居の扁額は勝海舟が自筆のものです。再建にあたっては、地元はもとより桂太郎総理大臣はじめ各国務大臣、財界からは渋沢栄一などの有力者からの寄付が寄せられました。

井戸平左衛門

井戸平左衛門は享保十六年(1731)に一九代石見代官に任命されました。翌、享保十七年は、享保の大飢饉といわれる年で餓死者は12,000人にも及んだとされています。このような状況をみた平左衛門は自らの財産や裕福な農民から募ったお金を資金として米を購入するとともに幕府の許可を待たず代官所の米蔵を開いて飢人に米を与えたと伝えられています。年貢米の免除や飢饉を乗り越えるための農民の助け合いの必要を説き、また薩摩芋の栽培を他の地先駆けて導入し領内に餓死者を一人も出さなかったと伝えられています。
この様な功績を頌える碑が地元大田市はもとより鳥取県、広島県の各地に500基以上建てられています。

大鳥居が完成しました

令和二年三月

井戸神社大鳥居

要修理箇所

現在の井戸神社は大正5年に建築されて103年が経過しています。それ以来、本殿、拝殿の修繕などを行いましたが、本殿、拝殿は昭和15年、社務所は昭和60年を最後に修繕を行っておらず各所に痛みが見られる状態となってまいりました。また平成30年4月9日震度5の地震に見舞われ倒壊は免れたものの大鳥居が危険な状態になり建て替えが必要となっています。現在大鳥居は取り壊し仮の注連柱が立っている状態です。(令和二年三月新しい大鳥居が完成しました。)

ご寄付のお願い

井戸正朋公彰徳奉賛会
会長 松場大吉

ご寄付のお願い

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。平素は井戸正朋公彰徳奉賛会に格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
井戸平左衛門は享保十六年(1731)に一九代石見代官に任命されました。翌、享保十七年は、享保の大飢饉といわれる年で餓死者は12,000人にも及んだとされています。このような状況をみた平左衛門は自らの財産や裕福な農民から募ったお金を資金として米を購入するとともに幕府の許可を待たず代官所の米蔵を開いて飢人に米を与えたと伝えられています。年貢米の免除や飢饉を乗り越えるための農民の助け合いの必要を説き、また薩摩芋の栽培を他の地先駆けて導入し領内に餓死者を一人も出さなかったと伝えられています。この様な功績を頌える碑が地元大田市はもとより鳥取県、広島県の各地に500基以上建てられています。
井戸神社は、この井戸公をお祀りする神社で明治12年に創建され大正5年に現在の地に移され再建されました。鳥居の扁額は勝海舟が自筆のものです。再建にあたっては、地元はもとより桂太郎総理大臣はじめ各国務大臣、財界からは渋沢栄一などの有力者からの寄付が寄せられました。
現在の井戸神社は大正5年に建築されて103年が経過しています。それ以来、本殿、拝殿の修繕などを行いましたが、本殿、拝殿は昭和15年、社務所は昭和60年を最後に修繕を行っておらず各所に痛みが見られる状態となってまいりました。また平成30年4月9日震度5の地震に見舞われ倒壊は免れたものの大鳥居が危険な状態になり建て替えが必要となっています。現在大鳥居は取り壊し仮の注連柱が立っている状態です。

井戸神社は、井戸公に対し崇尊敬慕の誠を效さんとして創建されたものです。井戸正朋公彰徳奉賛会は、これを継承し祭司や施設の維持を行っていくものです。
この度、前述しましたように神社を修繕する必要が生じ、それには多大な費用が必要となります。
つきましては井戸正朋公彰徳奉賛会の趣旨をご理解いただき、ご寄付を賜わりたく、ここにお願い申し上げる次第でございます。
敬具

ご寄附のお申込み

必要事項をご記入のうえご寄附申込書を郵送またはFAXでお送り下さい。
郵送:〒694-0305 島根県大田市大森町ハ183
石見銀山生活文化研究所内 井戸正明公奉賛会

FAX:0854-89-0180
申込書

ご寄付振込先

山陰合同銀行 大森出張所(店番261) 普通口座 口座番号:2000273
井戸正明公奉賛会 代表者 松場弘之